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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)126号 判決 1983年5月27日

原告

山田基春

門谷千賀

能登明彦

小野敏夫

荒宦幸

小林雅美

玉川亜美

右原告ら訴訟代理人

藤井博盛

雨笠宏雄

被告

後藤喜八郎

右訴訟代理人

中村護

中島紀生

波多野曜子

町田正男

関戸勉

伊東正勝

主文

1  被告は東京都武蔵野市に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和五四年四月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨の判決及び仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らはいずれも東京都武蔵野市の住民であり、被告は昭和三八年五月一日から同五四年四月三〇日まで同市の市長の職にあつたものである。

2  被告は、昭和五三年一二月五日水道法一五条一項違反の罪で東京地方裁判所八王子支部に起訴されたが(以下「本件事件」という。)、本件事件の弁護士費用として弁護士伊達秋雄(以下「伊達弁護士」という。)外二名に対する支払いに充てるため、同市の公金から合計一五〇万円を補正予算に計上し、その支出命令により右金員(以下「本件公金」という。)を昭和五四年四月一三日右三名に対して支出させた。

3  しかしながら、地方公共団体の公金はその住民の負担する公租公課等により形成されたものであるから、住民全体の利益のため管理・処分されるべきものであり、特定の刑事被告人の弁護士費用に充てるため支出することは違法である。従つて、右一五〇万円の支出は被告の故意又は過失に基づく違法な公金の支出であつて、同市はこれにより同額の損害を被つた。

4  原告らは昭和五四年八月一三日前記支出につき同市の監査委員に対し監査請求をしたが同年一〇月五日棄却された。

5  よつて、原告らは、地方自治法(以下「地自法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき同市に代位して被告に対し右損害金一五〇万円及びこれに対する支払いのされた日の翌日である昭和五四年四月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件公金が本件事件の弁護士費用として支出されたとの点は否認し、その余の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

4  同4の事実は認める。

5  同5の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件公金は、武蔵野市が本件事件において「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(以下「本件要綱」という。)とこれに基づく行政行為の正当性を主張しこれを擁護することにより、同市が従前行つてきた指導要綱行政における事業主・住民らとの法律関係を安定させ、今後の行政を安全かつ円滑に進めるために支出されたもので、右は地自法二条二項、三項の規定する「地方公共団体の事務」に当たるから、本件公金の支出は適法である。

2(一)  武蔵野市では昭和四四年ころからマンション建築件数が急増したが、急激かつ無秩序なマンション建築をめぐり市民から日照阻害、電波障害、プライバシー侵害等の苦情・陳情が同市に殺到し、また、人口も一挙に増加し、学校・上下水道等の公共施設の整備の必要性が増大したが、これを整備する時間的余裕も予算も極度に不足していた。これらマンション建築に伴う住環境の破壊、住民・業者間の紛争、公共施設の不足等の諸問題に対し法律は不備であつて何ら対処しえないため、同市としては、緊急に右の諸問題を解決する必要に迫られていた。

そこで同市は、業者による無秩序な宅地開発・建築行為を規制して、もつて住民・業者間の紛争を回避し、住民の生活環境上の利益を擁護するとともに、必要な公共施設を整備するため、本件要綱を制定し、これに基づく行政を推進することとし、昭和四六年三月二〇日「武蔵野市環境保全に関する条例」を制定し、さらに武蔵野市議会の了承を得て本件要綱が制定され、同年一〇月一日から施行された。

(二)  本件要綱は中高層建築物の建設事業でその建築物が地上高一〇メートル以上のものを建築するには、日照により影響を受ける一定の住民の同意を必要とし、また事業主は一定の割合の教育施設費用を負担することなどを定めているが、東京都の建築主事も本件要綱に基づく武蔵野市の審査・承認を経ているか否かを確認し、経ていない場合にはこれを経由してくるよう指導することとして、本件要綱による行政に協力していた。そして、殆どの業者は本件要綱の趣旨を理解し遵守してきていて、これにより住民・業者間の紛争は減少し、乱開発は防止され、良好な環境が保全されてきたのであり、本件要綱とその行政は業者の開発・建築の規制又は基準としての機能、住民の最小限の生活環境上の利益を確保する機能、市の健全な都市づくり政策を推進する機能、市が業者・住民間の紛争を調整する機能を果たすものとして、多大の実績を上げてきた。

3(一)  本件事件は、武蔵野市が本件要綱の「この要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行なわないことがある。」との条項に従つてとつた給水契約留保の措置(以下「本件措置」という。)が水道法一五条一項に違反するとして起訴されたものである。

しかし、生活環境保全の目的のもとに給水を不合理とする場合も同項の「正当の理由」に該当するというべきであるから、形式的に違法建築であるか否かのみではなく、本件要綱違反の場合に全体的にみて本件要綱の目的、本件要綱違反による住民の生活環境上の利益侵害の程度・態様と違反者の給水を受ける利益の考量等その他諸般の事情を併せ考え、給水申込みが公衆衛生の向上と生活環境の保全に反するなど承諾を留保すべき合理的理由のある場合には「正当の理由」に該当するものというべきである。

また、本件措置は制裁措置ではなく、一定の行政サービス提供(給付行政)の一時留保であつて、住民の生活環境上の利益侵害が著しく、住民・業者間の紛争が激しく、業者が要綱行政に著しく不協力である等本件要綱運用上諸般の事情の下においてサービスを留保すべき相当の理由があると認められる場合に発動されるものであり、このような場合は、同項の「正当の理由」に該当する。

(二)  右のような措置を実際に発動したのは本件事件となつた山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)に対するもののみであり、その他のすべての事業者は本件要綱の合理性を理解してこれに従つてきた。ひとり山基建設のみは一貫して本件要綱に従わず、近隣住民の工事反対の声及び本件要綱に基づく市の調整活動を無視して「第一ユニアス」「共同マンション」「第二ユニアス」「第三ユニアス」と一方的にマンション建設工事を強行しては付近住民との紛争を激化せしめていつた。すなわち、山基建設は、昭和五一年三月「山基マンション」の建築につき本件要綱に基づく事業計画審査願を出したが、日照被害を受ける付近住民の同意及び教育施設負担金の寄付がなく、従つて本件要綱に基づく市の承認を得ないまま工事を開始し、同五二年一二月工事を完成させ、そのため住民との間で再び紛争が生ずるに至つた。同社は同年一一月一八日ころ、また購入者名義で同五三年一月一一日、同月二三日ころ給水の申込みをしたが、被告は同社が本件要綱違反をくり返していること、右マンション建築等による住民の日照被害が重大であること、教育施設負担金が未納であることなどの事情から右申込みを留保させることとした。仮にこれが給水の拒否に当たるとしても、前記のとおり水道法一五条一項の「正当の理由」に当たる。

(三)  本件事件においては、被告個人の悪性や反社会的行為という刑事責任が問われているのではなく、指導要綱行政の存立そのものが問われている。すなわち、被告は、武蔵野市の代表者として、本件要綱を制定し、要綱行政を推し進めてきたのであつて、山基建設らに対しとつた本件措置は本件要綱の運用上市長の職務上の地位に基づきその権限内でとられた措置であつて、右の行政機関としての措置に通常の刑事事件における個人責任の側面は存しないのであり、武蔵野市議会も昭和五三年一二月一三日、本件の起訴に対し、本件要綱実施に伴い起訴された被告を擁護する旨の決議をしたものである。そして、被告個人が起訴の名宛人となつたのは、本件要綱自体を直接糾弾できないため表面上実行行為をしたかにみえる個人を刑事罰の対象とせざるをえないという理論的な制約によるものに過ぎない。

仮に本件要綱行政の範囲内でとつた本件措置が水道法違反として禁止されるとすれば、要綱行政そのものが否定されることに他ならず、この点で本件事件は要綱行政の存立と正当性が問われているのであり、本件事件の起訴・審理経過及び判決の結果は武蔵野市の指導要綱行政に重大な影響を及ぼす。また山基建設が山基マンション事件につき同市外を被告として提起している損害賠償事件に多大な影響を及ぼすのである。さらに、水道法五六条は行為者を罰する他法人に対しても罰金刑を科する旨定めているので、本件事件の進行如何によつては同市も罰金刑を科される恐れがないとはいえず、また右規定の趣旨も法人の処罰により法人の業務すなわち同市の本件要綱行政そのものを抑止ないし禁止する趣旨を有するものであり、この点においても本件事件においては本件要綱行政の正当性が問題となつているといえるのである。

以上の点から、本件事件において同市は本件要綱行政の正当性を主張しこれを擁護する必要性と利益を有しているのである。

4(一)  被告は、昭和五四年一月二五日「武蔵野市長に対する東京地方検察庁八王子支部による刑事訴訟事件に関する措置」を訓令として定め、同年三月五日宅地開発指導要綱行政を擁護する業務委託弁護士費用一五〇万円を含む昭和五三年度武蔵野市一般会計補正予算を市議会定例会に提出し、同月一五日これが可決され、同月一六日同市は伊達弁護士外二名に対し本件要綱及びこれに基づく行政行為の正当性を主張し擁護する業務を依頼し、同弁護士らとその手数料を各五〇万円と定めて契約し、所定の会計手続を経て同年四月一三日右各弁護士に各五〇万円ずつ支払つた。

(二)  日本弁護士連合会報酬等基準規定一七条によれば、弁護士の報酬は、経済的利益の価額を算定することができないときはその価額を三〇〇万円として事件の難易・軽重、手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して増減額することができる旨定められているところ、本件要綱と要綱行政の正当性を主張し擁護する業務は右一七条に該当し事件が最難度・最重要であり、裁判の長期化が予想されること等から弁護士一人当たりの着手金を五〇万円と定めたもので、右金額は右弁護士報酬基準からみて相当である。

(三)  右のように本件事件における弁護士の重要かつ大部分にわたる業務は本件要綱と要綱行政の正当性を主張し擁護する業務であるが、一方被告個人の立場から見れば、本件事件では名宛人が被告個人であつて刑罰の直接の効果が個人に及ぶこと、本件措置につき検察官が主張する被告個人の個別的事情の点では個人的側面も有し個人の立場を弁護する余地もないではなく、また本件措置が要綱行政として正当な範囲の行為である旨主張することはひいては被告個人の判断も正当である旨主張することにもなり、この点で要綱行政の正当性を主張し擁護する業務と被告個人の弁護とは盾の両面の関係にあるともいえるので、被告個人としても伊達弁護士他二名と個人弁護に関する手数料等を第一審判決後に取決めのうえ支払う旨の契約をした。

5  仮に本件の弁護士費用の支出が地自法二条二項、三項の事務の費用に当たらないとしても、客観的には本件公金の支出は被告に対する補助金の支出とも見られるので、同法二三二条の二の補助金の支出として適法である。

武蔵野市において補助金の支出は、武蔵野市補助金交付規則(以下「本件交付規則」という。)に基づいて支出すべきものであるところ、本件弁護士費用は右規則に基づかず総務費(款)総務管理費(項)一般管理費(目)の委託料として一般行政事務の委託として、武蔵野市会計事務規則(以下「本件事務規則」という。)に基づいて支出されている。これは同市の判断として一般行政事務の委託に該当するとの見解に立つて支出手続をしたため本件交付規則所定の手続を履践していないものであるが、これにより補助金としての交付そのものが違法となるものでもなく、同市の本件事務規則に基づき支出されているのであるから、補助金の支出手続と同等の支出手続の公正さは充分担保されており、違法とはいえない。

四  被告の主張に対する認否及び原告らの反論

1  被告の主張1は争う。

2(一)  同2(一)の事実のうち、武蔵野市が被告主張の条例を制定したこと、本件要綱が制定され昭和四六年一〇月一日より施行されたことは認め、その余は不知。

(二)  同2(二)の事実のうち、本件要綱に被告主張の条項があることは認め、その余は不知。

3(一)  同3(一)の事実のうち、本件要綱に被告主張の条項があること、本件事件は本件措置が水道法に違反するとして起訴されたものであることは認め、その余は争う。

(二)  同3(二)の事実のうち山基建設が被告主張に係るマンションにつき事業計画審査願を提出したこと、右マンションにつき付近住民の一部の同意及び教育施設負担金の寄付がなかつたこと、右マンションを建築したこと、被告主張のとおり給水申込みをしたことは認めるが、その余は争う。

(三)  同3(三)の事実のうち武蔵野市議会が被告主張の決議をしたこと、山基建設が武蔵野市外に対し損害賠償請求訴訟を提起したことは認め、その余は争う。

4(一)  同4(一)の事実のうち、被告が伊達弁護士外二名に対する支払いに充てるため合計一五〇万円を補正予算に計上し、右金員を昭和五四年四月一三日右弁護士らに支払つたことは認め、その余は争う。

(二)  同4(二)、(三)は争う。

(三)  仮に武蔵野市が本件事件の公判において被告の行為の正当性を主張し本件要綱を擁護したとしても、本件事件は、被告の刑事責任の有無を判断するものであり、その公判において本件要綱の正当性を主張することは被告の無罪を主張する一過程に過ぎず、たとえその主張に同市の独自の利益があるとして弁護士費用を支出しても、それは結局本件事件における被告の弁護のためなされたものに他ならないから、その支出は地自法の趣旨からして違法である。

5  同5の事実のうち、本件の弁護士費用が地自法二三二条の二に基づく本件交付規則によらず、本件事務規則に基づいて委託料として支払われていることは認め、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、4の各事実及び同2の事実のうち、本件公金が本件事件の弁護士費用として支出されたとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

二1  原告らは地方公共団体の公金を特定の刑事被告人の弁護士費用に充てるため支出することは違法な公金の支出であると主張し、これに対し被告は、本件公金は地自法二条二項、三項が規定する地方公共団体としての事務を処理するため支出されたもので適法であると主張するので検討する。

<証拠>によれば、武蔵野市は、伊達弁護士外二名に対し本件事件(被告個人に対する水道法違反被告事件)の第一審の手数料(着手金)各五〇万円ずつの支払いに充てるため本件公金を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで地自法二条二項は、普通地方公共団体は「公共事務」、「法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体に属する」事務及び「その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しない」事務を処理するとし、同条三項でその事務を例示しているが、一般に刑事事件は専ら被告人個人の刑事責任を審判し確定させるものであつて、刑事事件における弁護士の弁護活動は結局被告人個人を弁護するものであるから、たとえ刑事訴追の対象となつた市長である被告人の行為が地方公共団体の事務に含まれるとしても、原則として弁護士の弁護活動は地自法二条三項が例示する事務に当たらないのは勿論、同条二項のいずれの事務にも当たらないものというべきである。

2  被告は、本件事件において問われているのは被告個人の悪性や反社会的行為ではなく正に本件要綱及びこれによる指導要綱行政の正当性そのものであり、従前の指導要綱行政における事業主・住民らとの法律関係を安定させ、今後の行政を安全かつ円滑に進めるため、武蔵野市は本件事件において本件要綱及びこれに基づく行政行為の正当性を主張しこれを擁護する独自の利益と必要性があつたのであり、本件事件において右主張・擁護することは同市の地方公共団体としての事務に該当すると主張する。

前記争いのない事実に<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

武蔵野市では昭和四五年ごろからマンションの建築が急増し、これに伴い日照被害などについて住民の関心が高まり、マンション建築をめぐり住民から日照被害、電波障害、プライバシーの被害等の苦情が市当局に寄せられ、市当局者はしばしば住民と業者間の紛争の調停に忙殺されることとなつた。また、同市は人口増加に伴う学校、上下水道等公共公益施設の整備の必要に迫られたが、これらの施設の整備は市の財政を圧迫することが明らかであつた。しかし、関係法規の早急な改正は見込みがないため、指導要綱により行政指導することとし、「武蔵野市における無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によつて必要となる公共、公益施設の整備促進をはかるため、宅地開発等を行なう事業者に対し、必要な指導を行なうこと」を目的として昭和四六年一〇月一日本件要綱が制定された。本件要綱によれば、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業、地上一〇メートル以上の中高層建築物の建設を実施しようとする者は、あらかじめ市長に申し出て公共公益施設の設計、費用負担及び日照障害等について、事前に協議し審査を受けなければならないこととし、中高層建築物につき、事業主は、建築物の設計にさきだつて、日照の影響について市と協議するとともに付近住民の同意を得なければならないとし、建物の計画が一五戸以上の場合には一定の教育施設負担金を納付すべきものとされ、これらの要綱の規定に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがあると定められた。右要綱施行後殆どの業者はこれに従つてマンション建設を行うようになつたが、山基建設(代表者原告山田基春)は、本件要綱は住民の同意や教育施設負担金の寄付を強制するものであるとしてこれに反対の態度をとり、同社の施行した「第一ユニアス」「第二ュニアス」「共同ビル」「第三ユニアス」のマンションの建築をめぐり付近住民及び同市との間でしばしば紛争が生ずるに至つた。同社は「山基マンション」について住民の一部の同意及び教育施設負担金の納付がないまま昭和五二年四月建築工事に着工し、同年一一月一八日ころ、同五三年一月一一日ころ、同月二三日ころ各給水契約の申込みをしたが、武蔵野市市営水道事業の管理者でもある被告は、同社が本件要綱により付近住民の日照同意を得、教育施設負担金を同市に寄付し、建築確認申請をする前に被告による事業計画の承認を得ることが要求されているのにこれらの手続を履まず本件要綱の規定を遵守しなかつたとして、その他の事情も勘案し、助役・収入役・建設部長・水道部長その他の関係職員と協議のうえ、「この要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行なわないことがある」旨の本件要綱の規定に基づいて本件措置をとつた。

その結果、同年一二月五日被告は本件措置が水道法一五条に違反するとして起訴されるに至つた。武蔵野市議会は、本件事件で被告が起訴されるや、昭和五三年一二月一三日本件要綱及びこれに基づく行政の正当性を主張して「宅地開発等指導要綱実施にともない起訴された武蔵野市長後藤喜八郎を擁護する決議」をした。本件事件の起訴後被告・助役及び総務部・建設部等関係部課長は対策本部を組織し、同市において本件事件で本件要綱の正当性を主張・擁護すること、そのために弁護士に依頼すること等を決定し、被告はこれに基づき昭和五四年一月二五日、同市は本件事件に関し、本件要綱及び同要綱に基づく行政行為の正当性を主張し、擁護すること、右目的達成のため弁護士に弁護を依頼することとし、これらに係る費用を同市が負担すること等を内容とする訓令を発した。被告は昭和五三年度武蔵野市一般会計補正予算(第九回)に「宅地開発指導要綱の実施に伴う刑事事件弁護士費用」一五〇万円を計上し、これが昭和五三年三月一五日可決され、本件公金の支出がされた(以上の事実のうち、本件要綱が制定され、同要綱中には日照に関する住民の同意、教育施設負担金、不協力措置に関する規定があること、山基建設が各マンションを建築し、給水申込みをしたこと、「山基マンション」建築につき一部の住民の同意及び教育施設負担金の納付がなかつたこと、武蔵野市議会が被告を擁護する旨の決議をしたこと、本件公金一五〇万円が補正予算に計上され、支出されたことはいずれも当事者間に争いがない。)。

右事実によれば、本件措置は、被告が武蔵野市の市長として、同市の市議会の了承のもとに制定した本件要綱に従い、部下の担当職員はもとより市議会の協力ないし支持を得て同市の行政の執行として行つたものであり、それゆえ市長たる被告を初めとする同市の執行部は本件事件で本件要綱及び要綱行政の正当性を主張する必要を認め、市議会もこれを了承していたことが認められる。本件事件で被告が有罪とされれば、本件要綱に基づき行つた本件措置が水道法に違反することが明らかとなり、以後は同種の事案について給水を留保する措置をとりえなくなるから、本件要綱は事実上その実効性を期待し難いこととなろう。かくては、同市が本件要綱制定の際意図した目的を達することは困難となり、本件要綱に基づく行政に多大の影響を及ぼすことはみやすいところである。従つて、本件事件で被告の弁護活動を通じ本件措置の適法性を主張・立証することは、他方では本件要綱に基づく行政の正当性を訴えることにもなるといえる。

しかしながら、本件事件自体は被告個人を被告人とする刑事事件であり、被告が行つた本件措置の刑事責任の有無を確定するための手続に過ぎないことは明らかであるから、本件事件においては被告個人の刑事責任が問われていない旨の被告の主張は理由がない。

本件事件における弁護士の弁護活動は結局被告に対して有利な判決を得させるためのものであるから、伊達弁護士外が本件要綱ないしこれに基づく行政の正当性を主張・立証したとしても、それは畢竟被告の刑事責任を弁護するものに過ぎない。本件事件において間接的に本件要綱ないしこれに基づく行政の当否が審理の対象となることがあるとしても右刑事事件での弁護士の活動が地方公共団体としての事務の処理に当たるとはいえないと解するのが相当である。

被告はまた、本件事件の結果は山基建設が武蔵野市に対し山基マンションの建設に関して提起した民事訴訟(右訴訟が提起されたことは当事者間に争いがない。)の結果に影響を及ぼす恐れがあり、或いは、水道法五六条は法人自身にも罰金刑を科する旨定めているので同市も罰金刑を科されることとなる恐れがあるから、同市として本件事件において本件要綱行政の正当性を主張し擁護する独自の利益と必要性があると主張する。しかし、本件事件は同市自体が当事者ではないのであるから、たとえ被告主張のような右の事情があるにせよ本件事件における弁護士の活動が同市の事務の処理となるものとはいえない。

従つて本件事件での弁護士の活動は同市の事務の処理とはなりえず、また右弁護士費用を同市が負担しうる特段の規定は何らないのであるから、右弁護士費用は被告個人が負担すべきものであり、これを同市がその公金から支出することは許されないものといわなければならない。

なお<証拠>によれば、被告は伊達弁護士外二名と別途本件事件の弁護士手数料及び謝金につき第一審判決言渡後協議して支払う旨の契約を締結したことが認められるが、先に説示したとおり本件事件の弁護士費用を同市がその公金によつて支払うことが許されないものである以上、被告個人が別途弁護士らと右のような契約を締結したとしても、同市が本件事件の弁護士費用として支出した本件公金支出の違法性には何ら影響はない。

3  従つて被告の主位的主張は理由がない。

三被告は予備的に本件公金の支出は地自法二三二条の二に基づく被告に対する補助金の支出として適法であると主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、本件公金は「2総務費」(款)「1総務管理費」(項)「1一般管理費」(目)中の「13委託料」(節)として補正予算に計上され、支出負担行為として武蔵野市長たる被告と伊達弁護士外二名との各契約が締結され、右補正予算の節のとおり支出されたものであることが認められ、また右支出が本件交付規則によらず本件事務規則に基づき伊達弁護士外二名に対してされたことは当事者間に争いがない。ところで、地方自治法施行令一五〇条一項三号によれば、普通地方公共団体の長は歳入歳出予算の各項を目節に区分し、当該目節の区分に従つて歳入歳出予算を執行することを予算の執行に関する手続として定めなければならないとし、右の目節の区分につき同条二項、地方自治法施行規則一五条二項、別記「歳出予算に係る節の区分」は、補助金は「19負担金、補助及び交付金」と節として区分することとしているから、本件公金の支出が委託料として支出されたものであつて、これを被告に対する補助金として支出したものでないことは明らかというべきである。従つて、本件公金の支出を被告に対する補助金の支出とみることは相当でない。

よつてその余の点につき判断するまでもなく被告の予備的主張は理由がない。

四以上によれば、本件公金の支出は違法であり、被告は武蔵野市の市長として市の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し執行する義務を負い(地自法一三八条の二)、かかる違法な支出をなすべからざる注意義務があるのに前認定のとおり終始本件措置及び本件公金の支出に関与していたのであるから、著しく右注意義務を怠つたものといわなければならない。従つて、被告は過失に基づき違法に本件公金一五〇万円を支出し、同市に同額の損害を被らせたというべきであるから、同市に対する損害賠償責任を免れない。よつて、同市に代位して被告に対し同市に右一五〇万円及びこれに対する支出の日の後である昭和五四年四月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告らの本訴請求はすべて正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

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